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第85回 ヨハネの黙示録 その7

レポート

2022年7月12日に第85回ヨシェルの会が開催されました。出席者は14名。

コロナ第七波や戦争、異常気候だけでなく、この日本で元首相暗殺事件が起こってしまう時代になりました。重苦しいというよりも、この黙示録の学びの意味合いが、変化してきている気さえする中でのヨシェルの会です。今回は、第六と第七のラッパとの間の幕間に焦点が当てられます。折りに触れ、先に記されている事柄にも俯瞰するように触れます。語られる師と参加/視聴して下さる皆様と主の導きに、只々心から感謝します。

今日のタイトルは「ヨハネの黙示録 その7」。

学ぶ聖書箇所は、ヨハネの黙示録10章から11章18節。第六と第七のラッパの間にある、少しホッとする箇所。…とは言っても、強い御使いは現れ、雷は鳴り響き…字面を追っているだけでは「安心」させてもらえません。

今までの学びと少し異なるアプローチがあります。敢えて詳細に踏み込まない。一箇所目は「もう一人の強い御使い(黙10:1)」が誰であるのか。二箇所目は「七つの雷が語ったこと(黙10:4)」は何なのか。前者はイエス自身かもしれないし、別の御使いかもしれません。後者は、ヨハネにだけ語られた言葉かもしれないし、別の理由で記すべきではないのかもしれません。

その辺りの説明も、考え得る選択肢を挙げてなされますが、やはり気になります。エデンの全ての実は採ることを許されても、たった一つの禁じられたものだけに目が行ってしまう。そんな性質が流れ継がれているのかもしれません。

視点が創世記に移ったところで、もう一つ思い出したことがあります。聖書を読み始めた頃、人が造られる箇所が1章にも2章にも出ていて少し混乱しました。神は大切なことを何回かに分けて書くのだと学ぶと、最初の記述と二回目の記述とでは視点が変わっていたりすることに気づきます。黙示録11章では、第二のわざわいと第三のわざわいが再度出てきます。繰り返されるときには、何か文脈や対象読者が変わるサインなのかもしれません。そういえば四福音書も、同じ事柄を四種の読者対象(ユダヤ人、異邦人、時系列、霊感)で書き分けていると学んでから理解が進みました。

神のしもべたちに語る流れと、刈り取られる側へ語る流れ。ヨハネに「人々を測りなさい」と指示が下ります(黙11:1)。測られるのは、「心」なのでしょうか。徐々に、神の言葉に耳を傾けなかった者たちへの「わざわい」が、繰り返すごとく描かれていきます。今後学び続けるときに混乱しないように、少し先の方まで概要説明もして頂けました。

そして二人の証人と、その宣教活動、戦い、その終わり方…。少し現実に何が起こるのかが想像しにくい記述が続きます。なぜ神がそれを許すのか真意を考えてしまいます。

ただ前回も学んだように、「神は生かし、悪魔は殺す」という言葉を頼りに、守られることを信じ、無用に恐れることがないように読み進みます。そして「地を滅ぼす者たちが滅ぼされる時(黙11:18)」に至ります。

正直に書けば、私には今後何が起こっていくのか予測も理解もできませんでした。でも心の奥底で「もはや時は残されて」いない(黙10:6)ことは分かっています。ここ数年の動きから、神は「スイッチ」を入れたのではないか、と。過酷な状況の記述と、守りの約束。私たちにできる「備え」の模索は続きます。信仰者にとって大切な警告も示唆もアドバイスも、今回もたくさん語られました。音声動画・資料を通して更に深くお学び下さい。

PS.
「ヨシェルの会」は、今回で満八歳になりました。知識を深め、伝える術も学ぶ…スモールグループに分かれての話し合いも模索中です。そして次回から九年目の歩みです。今までの支えに感謝しつつ、今後とも何卒よろしくお願いします!

感想

  1. まだ11章だが神の裁きのご計画はいよいよクライマックス直前に来ている。第三のわざわいであり、第7のラッパである、鉢の裁きが始まろうとするところに至り、緊張してしまう。そのような中で、神は自ら二人の証人を送り世界的な宣教を成してくださる。愛をもって罪人を救おうとされるが、同時に義なる神は裁きをもって神の国を樹立される。イスラエルが裁きを通過する時、必ず守りを備えくださったように、神はこの最後の裁きの時にも同じように守りの御手を延べてくださる。繰り返し学び少しずつ理解が進み、感謝です。

  2. 黙示録10章11章、幕間といいながら終わりが近いことをますます感じさせる内容。主を信じる者には守りがあり、輝かしい希望である御国への約束がある。「小さな巻物」「二人の証人」「神の奥義」「地を滅ぼす者ども」、これらの事柄を通して終わりの時の人間の支配と人間の神に対する反抗、諸国の民の怒りに対して神が現される神ご自身の怒り、神の報復を思い巡らしました。主を畏れ、残された日々を生き、恵みの福音を伝える者になっていきたいです。

  3. 今回の学びでは特に小さな巻物に関する解説が興味深かかったです。巻物すなわち神の言葉を食べるという行為は、ヨハネが神からの預言的啓示を消化し理解して、確信を持ってメッセージを語るということ。これまでのメッセージの対象は神の民であったが、いよいよ全世界に向けてであり、約束された御国が到来する前に、裁きと艱難を経なければいけないという厳しい内容である。「神はこの世が裁きを通してご自身に立ち返るとは思っておらず、神のご計画は恩寵を通して罪人を救うことである」という解説が心に響きました。たとえ真理が語られ警告がなされても、人の心は頑なで自分の行いを省み悔い改めることは難しい。救いの恵みにあずかることが出来るのは、ただただ神の憐れみによるのであるから、主に信頼して最後まで家族や身近な人々の救いのために祈っていきたいと強く思わされています。また、自分のみ言葉に対する向き合い方や姿勢を見直しています。更に現代は情報が簡単に入手出来る便利さの中に生かされている分、正しい情報を得ることが難しくなってきているように思います。きちんと吟味して、振り回されたり惑わされたりしないよう気をつけたいと思います。貴重な講義に感謝します。

  4. 第7のラッパが鳴らされる前の幕間の出来事に関して、丁寧に講義してくださり感謝します。終わりが非常に近いという緊迫感、厳しい裁きが待ち受けているという恐怖心、神の民の守りの保証ゆえの安堵感、二人の証人の登場による福音宣教の様子や出来事に対しての驚きなど、さまざまな思いを抱きました。いよいよ全てのことが明らかにされていきます。イエス・キリストの再臨と神の国の樹立というクライマックスに向けての今後の学びが楽しみです。ありがとうございました。

  5. 黙示録の今日のところはとても難しく、もっと先生の話をお聞きしたかったです。グループに分かれてするのは時間的に多すぎるように思いました。ありがとうございました。

  6. 今日のグループで、このグループトークについて意見が出ていました。①もっと先生の話を聞きたいから、ない方が良い ②5〜10分で、後は先生の話を聞きたい ③3ヶ月に1度で良い。 私としては先生の意図もあると思うので、その日の多数決で、(a)今日はもっと詳しく話を知りたい、(b)話し合いたい、などを決めても良いかと思います。又、課題に対しての先生の意見があった後に話し合いを持つのでも良いと思います。 まだまだ我々にはむずかしく、先生の話を聞きたいという気持ちが強いです。